右の頬をなぐられたら

 右の頬をなぐられたら、左の頬もむけてなぐらせるがよい、という有名なせりふがある(マタイ五・三九)
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 しかし同じ一つの頬をなぐられたら他の頬をむけるという行為であっても、その者の立っている位置によって意味は違ってくる。(・・・・・・)所詮なぐられてばかりいる者がこういう態度をとるとすれば、そこにはもっと複雑なものがる。古代社会において、肉体的に実際にしばしばなぐられていた者は奴隷であり、下層階級の者である。彼らにとっては、だまってなぐられることはすぐれた道徳でも何でもありはしない。その方が安全だというにすぎない。おとなしくもう一つ余計になぐられておいた方が、反抗してもっとひどい目にあったり、殺されたりするよりはましなのである。
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 イエスは言った、「権力者共がやって来て、なぐりやがったら、面のあっち側も向けてやれ。しょうがねえんだよな。借金とりがやって来て、着ている上着まではぎとりやがったら、ついでに下着までつけてくれてやれ。ほしけりゃ持っていきやがれ」
 説教者は言った、「君達奴隷はですな、人になぐられても、怒らずに、敵をも愛して働かなければいけませんよ。上着を欲しいという人がいれば、下着もあげるようにしなさいよ」

田川建三「イエスという男」1980)ISBN:4878936819