小山田圭吾問題、そして「和光」

なんか時間軸がズレてるよなあ。
「ネットで話題」が、2000年代初頭〜で、
「雑誌のインタビュー」が、90年代。
でも、「小山田圭吾らによる障害者いじめ」の舞台は、70年代。
70年代の差別いじめ全盛時代への猛省が出てたのが、90年代「言葉狩り」で、それへの反発が「90年代悪趣味志向」。

90年代って、世界中で「ポリコレ」が問題になり始めた時期でしょ?
筒井康隆の「断筆宣言」って、1993年。この頃、ようやく「障害者をいじめたり、障害者差別を笑いにしたりしちゃダメだよ」って話がで始めた。

東浩紀が「批評空間」にデビューしたのも、1993年だけど、当時の「批評空間」では、ポリコレ論評いっぱい出てたよ。
絓秀実や渡部直己が、筒井康隆の差別表現を話題にしてたのも90年代。
むしろ「90年代は、ポリコレ全盛期」。
クイックジャパン」や吉田豪が所属していたサブカル業界は、「ポリコレ」「言葉狩り」への反発・逆張りで「悪趣味嗜好」に走っていた。


さらにそれらに先行するのが、「和光学園」の教育方針。
「障害児童」の受け入れ態勢が、まるでなかった昭和(大日本帝国時代~日本国昭和後期まで)の中にあって、積極的に受け入れていたのが、「和光学園」。
だから、小山田圭吾のインタビュー内でも「ヤバいヤツらいっぱいいた」みたいな話が出て来る
小沢健二なんか(飛び抜けた秀才児童だったらしい)が、秀才児童向けの小学校(お母さん慶応出身だし、普通なら慶応へ進学してたんでしょう。もしくは中学から筑駒とか)ではなく、「和光学園」へ入学したのも、当時の進歩的なインテリ家庭(父・小澤俊夫は児童文学に近しいドイツ文学の民話研究、母・小沢牧子は国立精神衛生研究所児童精神衛生部の研究員で「子ども差別」問題に取り組んだりしてる心理学者)の選択。
小沢健二の両親は、「この子は、障害者や『小山田圭吾』なんかと混じって子ども時代を送らせた方が良い」っていう選択だったのだろう。
21世紀的には「ダイバーシティ教育」とでも言うの?そういう教育を実践しようとしてたのが、「和光学園」。

しかし、昭和の「和光学園」の実態は、「小山田圭吾」(彼自体、ダウンタウンに「変なヤツ」と弄られるような、公立小学校ならイジメの対象になるような児童だったのだろう。但し極端な障害はなかった)らによる障害児童に対する壮絶なイジメが、繰り広げられていた、って事。

小山田圭吾」問題、オザケンのお母さん=小沢牧子にインタビューして欲しいよね。
「子ども差別」問題の研究者で和光学園で非常勤講師もしてた児童心理学者が、息子の中学生時代の友人(ひょっとすると家に遊びに来てたかもしれない)が、壮絶な障害者いじめをしていた実態に就て、なんて言うだろ?


https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/1415680102872981520