氷室冴子の死


シラフでいたくないので、酒でも飲もうかと思ったけど、からだが受け付けない。のみたくない。ここを無理して飲むと連続飲酒へ一気呵成かもしれないと思って、止した。とてもじゃないが、ベンヤミン講義の準備をする気にはなれず、買ったまま読んでなかった氷室冴子「冴子の母娘草」ISBN:4087740196読み始めた。
 読み始めたら、いきなり五十代で交通事故死する叔父の話からはじまった。

 叔父の葬儀のあとも、しばしば電話をかけてきて、
「やっぱりさぁ、人の命はハカないねえ。まじめに生きてても交通事故にあうんだから。もうすぐ九十にもなろうかって腐れババァが生きてて、人生これからって五十代の男が死ぬなんて。母さん、人生観が変わったよ。人間は、ハカないもんだァ・・・」
 涙声でシンミリいいながらも、絶交中の祖母の悪口だけは忘れずにいう。
「うん。人生は短いよ。だから、生きてるうちは楽しいことを数えなきゃねえ」
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加えて、二十代の頃、「三十五歳で仕事と才能に限界を悟る」と予言された話まで出て来た。
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 わが母が二度目の結婚占い相談をやったことのほうに気持ちを奪われ、よもや私の職業ごと、本名からペンネームまでが天下にさらされ、白昼堂々、自分の結婚問題がテレビで占われていたとは思ってもみなかったのであった。
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 匿名で結婚相談されたのならいざしらず、ヒムロサエコの名のもとに、みなさまのお茶の間にむけた画面で、"三十五歳に仕事と才能に限界を悟り、そのとき結婚を考えるでしょう"などと、わが身の行く末が語られていようとは!
 私はけっして虚栄心のつよい人間ではないとは思うけれども、しかししかし、人前で、三十五歳で仕事と才能に限界を悟るなどといわれて、それでも平静でいられるほどタイジンではないのであった。ひらたくいえばショック、さらにいえば恥ずかしさのあまり怒りが湧いてくるほどなのであった。
 この商売、自分が才能あると信じてやっている人も多かろうけれども、私についていえば、それはないのであった。いつもいつも、
(なんか間違って、タマタマこういう仕事しちゃってるけどなー。ある朝、目覚めたら、ぜーんぜんかけなくなってたら、どうしよう。ほかにできる仕事あるかなー)
 などと煩悶し、友人の有名女性作家の自宅を訪ねたおり、どういう話からか、それぞれが持っている英語検定だの、教師だのの資格を数えあげて自慢しあったあげく、
「ああ、ずっと小説かいていきたいねえ。こんな資格、使わなくてすむといいなあ」
とシミジミ語りあったこともあるのであった。
 そういう日々をおくるジミチな女性作家が、なにゆえ、三十五歳で仕事と才能に限界を悟り・・・・などというムゴいことを、そっと耳打ちされるならいざしらず、電波にのって宣言されねばならないのか。もう少し、イロをつけるとかすればいいではないか、占い師!

氷室冴子「冴子の母娘草」ISBN:4087740196

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この北海道のテレビ占い師、誰なのだろう? なんとはなしに、ハリー・ポッターに登場する占い学の女教師を想像している。
「占いが当たったかどうか」より、この「占い報道」が、氷室冴子に影響を与えたことは疑いあるまい。わざわざこの占いをメインテーマにエッセイを一冊書いているくらいだから。単にウケを狙ったのだろうが、「運命を読む」とか宣伝しつつ、未来を宣言する? つまらないことをしたものだ。
 去年の四月、急に「氷室冴子」の名前を思い出して、mixiのコミュを検索してみた。その時はじめて、氷室冴子は、90年代後半以後、殆ど小説を書いていないことを知った。「もう十年も書いてないんだ・・・・」そのことにかなり驚いた。二十代の頃から八十代になるまで書き続けることを言っていた人が、四十代で書かなくなった・・・・。
 テレビ占い師が、本当に氷室冴子が四十歳前にしてかかなくなり、五十一歳で死ぬことを知っていたなら、こんな不用意な公言は避けたことだろう。いや、「三十五で仕事に行き詰まって、五十一で死ぬんですから、結婚なんていいんじゃないですか?」とまで宣言すべきだったか? おのが予言の正しさを証明しつくしたかったのなら。


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僕もあと十年生きずに死ぬっていう可能性も高いんだよな。
このことを最近ずっと忘れてる。ふってわいたヒマな時間に浮かれて、二十代の頃にやりたかったことをいろいろやって喜んでる。
でもねえ。
ほんとのところ、もうそうそう時間は残ってないんだよなあ。楽しいことを数えるのは楽しいけど、そんなこと一度として望んだことはなかった筈。なんか次を仕掛けていくっていうのなら、身を削って、立ち向かっていくしかないんだろうしなあ。


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タイミングの問題なのかもしれないが、氷室冴子の死に衝撃を受けてる自分にかなり驚いている。