楽しくない。
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そもそも五衰とは、天人命終の時に現われる五種の衰相を云い、出典によって多少の異同がある。
すなわち増一阿含経第二十四には、
「二十三天に一天子あり、身形に五の死の瑞応あり。云何が五と為す、一に華冠自らが萎み、二に衣裳垢扮し、三に腋下より汗を流し、四に本位を楽まず、五に王女違叛す」
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その一は、浄らかだった衣服が垢にまみれ、その二は、頭上の華がかつては盛りであったのが今は萎み、その三は、両腋窩から汗が流れ、その四は、身体がいまわしい臭気を放ち、その五は、本座に安住することを楽しまない。
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静岡にはあと五、六分で着くのである。ふと本多は五衰の一つの、「本位を楽まず」という言葉を思い出し、ずっと昔から本位を楽しんだおぼえのない自分が、一向に死なないのは、天人でないせいにすぎぬかと愚かな事を考えた。
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三島由紀夫が「天人五衰」を書いたのが、45歳頃。
「中年」の実感だったのかもしれん。
憧れをもって眺めた風景やら習俗やらは一変し、下の世代たちの活発な様子に意味もなく引け目を感じ、老人たちの無意味な権威にムカッパラもおさまらず。
「今、死にたくないねえ」と思いつつも、「このまま死ぬのかもなあ」とどこかで思っていて、身体の奥底から震えが来る。
酒で紛らわせようとすると、あからさまに、死の徴候が現れ、さらなる恐怖に縮み上がる。
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楽しくない。