日雇い派遣のアンファンテリブル


Shonen Knife - It's a New Find



尾崎豊や「エヴァンゲリオン」のことを考えていて、ハロルド作石BECKISBN:4063723089 に思い至った。

BECK」の最近の進行が痛くてならない。
なんで長渕剛めいた、松山千春めいた、「ビッグ!」への感覚を引きずるのだろう?
マイナーなままに世界に浸透するのが、最良の「サクセス」だったのではないだろうか?
おそらくは、そのためには、はじめっからコユキは、英語で唄ってなければならなかっただろうし、英語で唄っている限り、ニッポン国内でどうこういわれることはなかっただろう。神がかりなギタリストだ、カリスマ・パフォーマーだ、タイトなリズムを叩き出すドラムだ、、ファンキーなベースだと、一緒にやっていてはいけない。帰国子女の落ちこぼれのへんな奴が稚拙なギターをかきならし、乱暴者の大バカ者がコアなおっかけをやっていて、中学からの同級生がバシャバシャと変速するドラムを鳴らし、いるのかいないのかわからないベーシストもメンバーの中にいるにはいる。そんなバンドがなぜか世界に浸透していってしまう。
そこまでだろう?

そんなことを思いながら、「少年ナイフ」を思い出した。
タイガー魔法瓶のOLたちが、地方都市でちゃらちゃらやっていたバンドがなぜか世界で通用してしまった。80年代に於けるこれが最高のストーリーだったと思う。「ビッグ!」とか「日本一!」とかは、矢沢エーちゃんまでで終りにして欲しい。コユキの家庭は母子家庭だとは言え、首都圏のきちんとした持ち家に住んでいる。彼には、「サクセス!」は無用だった筈。そのまま、父が遺してくれた家に住めばいいのだから。なぜ、「コユキ」までをビッグへと追い立てるのだろう? 「勝ち組たれ!」と強要するのだろう? いいじゃん。しょぼしょぼと、国内では誰にも知られないまま、しかし、ぽつんぽつんとコアな愛好家を掴んで行ければ。
但し、そのぽつんぽつんとしかいないコアな愛好家たちが、世界中に散らばり、時代を超えて散らばっているだけの話だ。

「勝ちはしない。大金を掴むこともない。低成長の中、負けずに生き伸び、ウィルスのように潜伏し、徐々に、静かに、一気に、地球上くまなく浸透し尽くす」。
これが、中卒フリーター/アーティストの最良のあり方だと思う。

1930年代、アメリカ南部の最下層農場労働者だったロバート・ジョンソンサン・ハウスの21世紀東アジアに於ける再来のようなあり方。
日雇い派遣のアンファンテリブル。

80年代は、「少年ナイフ」のようなパンクバンド(?)がそのモデルだったのかもしれないが、90年代以後となると、池田亮司高木正勝らの姿が浮かぶ。どっちも通好みの本格派とは違う、へなへなな稚拙さが武器だった。






そういえば、千駄ヶ谷弁当屋にいた頃には、”メジャー”でデビューしたバンドマンたちが、結構同じ職場にいた。大阪出身で、レコード会社と契約するために上京している子に、高木正勝の話をしたら、本当に羨ましそうにしていた。実家のある故郷からそのまま外にでられるなら、その方が全然いいもんね。東京の家賃(資産運用のための投資対象となった不動産で不当に膨れ上がっているバカ高い家賃!)の負担が減るから。昔からの友人もまわりにいるし。