決まっているのだから仕方がない

「死んだら地獄へいくよ」
「なんで?」
「なんでって、決まっているのだから仕方がない」

杉浦日向子百日紅」)

やはり死んだら、地獄へ行きたいと思う。浄土宗の坊さんやなんかが語る極楽にも、キリスト教関連の書物に書かれた天国にも魅力を感じない。やっぱり行くなら、地獄だろう。桂米朝「地獄八景亡者戯」の地獄ほどに愉しくなくても良いから、信仰を持たなかった亡者たちのところへ行きたい。

まず会いたいのは、母方の祖父さん。「エジプトでイギリス人を騙して竹を食わせた」だ、「安かったから」とドイツでスーパー6買って帰ってきただ、戦中、シェイクスピア全集売り飛ばして全部タバコに替えちゃっただ、マルタ島へ日本人ではじめて上陸しただ、ステッドラーの鉛筆がお気に入りだっただ、いろいろ話は聞かされてきたけど、戦後すぐに死んでるのであったことはない。引っ越すたびに、本籍地を移動させてた、ってあたりで、「噂にはきいてたけど、なんちゅうトッポい奴だ・・・」と呆れた。生涯で、名古屋市内だけで、5回本籍地を移動させてる!!! ・・・・なにしてくれてんだよ・・・。
このじいさんが、極楽にいるわけがない。なんせ、「仏様は、ほっとけ様だ」が家訓になってた家だもん。

つぎに会いたいのは、従兄。従兄と言って、20歳くらい年上。旭ヶ丘→東大!っていう秀才の王道を歩んでいたのに、なぜかその後、大学院に籍を置いたまま、55歳で死ぬまで学生やってた。もちろん、方々の大学で語学の非常勤講師やったり、予備校で英語教えたりしてたみたいだけど、全部アルバイト。東大教養部在学中にサンスクリット語に熱中してただ、出たばかりのMS-DOSの電話帳のようなマニュアルを他人から借りて行って1週間後にレポート用紙に何枚にも渡って鉛筆でぎっしり書き込まれたプログラムを持って現れ、「マイコン」機体に触ることなくオリジナルゲームを作り上げただ、十何ヶ国語をマスターしてただ、「1日睡眠3時間、風呂には入らない、洗濯もしない」だ、やまほど伝説のある人。普通に「変人」。でもとても「良い人」だった。
生前は、なんかめんどくさくて会わなかったけど、あっとけばよかったなあ、と後悔しきり。
従兄も地獄にいると思う。

あとは、現世の暮らしとかわんないだろう。地獄の歌舞伎町のような場所で、有象無象の群れに混じって、テキトーに過ごしたい。歌舞伎町で働いてた時がいちばん性に合ってた。きっと地獄でもあんな場所に落ち着くことになるんだろう。

そう、死んだら、絵を描こう。地獄には、本も映画もカメラもないことを願う。バカなデブに徹して下手な絵ばかり描いてへらへらしていよう。

「決まっているのだから仕方がない」。