せこの居場所

矢野 寄席というのは、そういう人たちがいやすい社会だったんですね。
色川 いまは、テレビなんかで小利口に売れていかないと、寄席の中でも居づらくなるという、努力家の社会になっちゃった。あのころはたゆたっていれば、一生暮らせるという社会だった。
矢野 怠け者は怠け者なりに、ちゃんと居場所が与えられているという感じがあって、また、そういう人たちに大しても廻りがどうこうしなかったでしょう。あの辺は見事だなあ。民主主義というのは、本当はああいうものじゃないかなという気がする(笑)

矢野 寄席は下手な人がおおぜいいていいんだな。デパートなんかで、ブランド商品ばかりを並べてあるコーナーがあるでしょう。寄席はああなっちゃ、だめなんですよね。せこの部分がたくさんある中に入って、初めて光ってくるものがある。せこせこなりの用途があるんですね。

色川 うん。二十人ぐらい出るうちに一人か二人がおもしろいんで、あとは耐えに耐えて・・・・・・。しかし、この人がやっている途中でトイレに行っちゃいかんとか、いろんなことを遠慮しながら、じいっと退屈を我慢しているのが寄席のあじわいだ(笑)

色川武大「寄席放浪記」ISBN:430940832X