なめくじタテ社会



マキノ雅弘監督「浪人街」を観た。
ふーん、なるほど。こりゃ凄いやね。

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黒木和雄の「浪人街」が好きで、でも、マキノ版を知っている連中は、黒木版をボロクソに言うんで、納得できなかった。
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マキノって基本嫌いなんだが、やっぱり嫌い。
あの面倒くさい男女間ののもつれ。あの面倒くさそうなうじうじいじいじした女たち。あの煮え切れない女が腐ったような男たち。気持ちわりい、大っきらい。
「ねえ、あんた、あたいはこんない惚れてるのにさあ、なんでわかんないのさ、ええ、もう、ばかばかばか!」。てめえがバカなんだバカ。塩かけたくなる。塩かけたらなめくじみたく溶けるに違いない、あの軟体生物めいた奇怪な女たちは。その軟体生物を求めてやまない男たちは。
でもこの「浪人街」は、その軟体生物たちにちょうど似合った話なのだ。着飾った大型ナメクジたちのうじうじごちょごちょもにょもにょしながらの生態にちょうど則した物語がマキノ版「浪人街」だったようだ。
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常々「カップルって必ず上下関係がある」と思っているが、ナメクジたちにとっては、この「カップルの上下関係」が社会秩序の最大規範のようだ。
序列は、次の如し。

1)売れっ子のさばさばした風俗嬢
2)金づるだけはしがみついて離さない、暴力にも長けた女ったらしのヒモ
3)貢ぐ事が生き甲斐、酷い目にあえばあう程うれしがってる真性M女スリ
4)M女に一途のお人好しの無駄な正義漢
5)その無駄な正義漢を行動規範に配する本当のノータリン
これが軟体生物、下流世界の序列。
この序列の上に、正規雇用中流ナメクジたちがいる。
1)なんの能もないが生まれ落ちた家の資産やらコネやらだけで一生くいっぱぐれない筈だったのが、財政赤字か公費削減のあおりで休職中の能無し
2)休職中の能無しだけが中流復帰の手がかりと頼みにしているその妹。能無しの中流復帰のために「まとまったお金がいるのだわ!」と風俗産業勤務を図るも「・・・なぜこのわたくしが! ・・・このようなキツい職業に!・・・」と無駄なプライド故に職に徹し得ず、客相手に暴行傷害事件を起こす
そして、一番上には、
自民党世襲議員的な一生なんの不自由もない特権的家系の長男の甚六と、その世襲議員に私設秘書としてひっついてる格闘技マニアの有力者ぶら下がり型の弟
がいる。
序列の下の方だと死にやすい。
序列の一番上でも最下層に関わると怪我をする。
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奇怪な軟体生物どももそれなりに生きてるんだ、よくわかる。
カビやら毛虫やらもそれなりの生態に従って一生懸命生きているんだ、と感動する。
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どっかの酔っ払いが吐いたゲロにハエがたかって玉子を産みつけてウジがわいてそのウジ目当てに甲虫がたかりカビが生えやがてコケとなりと生態系を形づくっているところを見つけたら、「うげ! きたねえ!」と思いつつも、臭気や瘴気に堪えて見つめているうちに、ついつい面白くなっちゃって、なんとなく生物行動学的に観察しているうちにのめりこんじゃう感じ。もちろん、だからと言ってウジやらゲロやらを好きになることもないし、「ハエはえれえや。ハエになりてえ」とも思わないし、「家にひとつゲロを貯めてウジ社会をつくろう」とも思わないが、面白い。そんな感じ。
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くだんねえ。
気持ちわりい。
駆除してやる。
死ね!
しかし、涙なしには観られない傑作であることも間違いない。
そう言えば、ファーブルは、「糞虫」の生態をまぎれも無い傑作として書き付けている。
糞虫自身によるファーブル昆虫記?
なるほど、凄い。
なんの反語もなく厭味もなく敬服するしかない傑作なのだろう。そして、彼にしか撮れない特別な映画なのだろう。
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人びとの黒木「浪人街」への軽蔑が理解できた。
(その軽蔑を僕は共有しないが)
浪人街 [DVD]

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他にマキノ雅弘「続丹下左膳」
アマゾンで「伊藤大輔」で検索したら出て来たから、「おお! 伊藤大輔丹下左膳』って残存してたんだ!」と買ったら、マキノによる続編だった。
例によって「うじうじのいじいじの泣いて泣かれてぐだぐだと」の進行は鬱陶しい。なるほど、山中貞雄「百万両の壷」は、すげえや。
でもまあ、「武士」なんて、ほんとのところは、マキノ「丹下左膳」的な連中だったんだろう。「サムライ」って、要は、世襲制の地方官僚なんだろ? 幕藩体制って、財政赤字の無際限の膨張で破綻してるんだし、まるきり今と同じじゃん。サムライって、市民チェックがまるでなかった時代の地方公務員だ。
今の公務員の総体的な無能振りをあてはめながら、マキノ流チャンバラ映画を観ると至極納得が行く。
日本はやがて瓦解する。

続・丹下左膳 [DVD] COS-033

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「チャオ・パンタン」
80年代、パンクロック時代に奇蹟のようにフランスで成立したフィルム・ノワール
主役の元刑事/現ガソリンスタンド夜番のおっさんのどうしようもなく格好悪く垂れ下がった腹とタンクトップとよたよたした歩きっぷりと寝癖のついた禿げかけた頭頂部と。前観た時は、気づかなかったけど、とても綺麗に手入れされた手の込んだスタイルの髭。その手入れの行き届いたお洒落な髭が生えるのは、疲れて荒れて弛んだ瞼やら頬やらときっと結んだ口元と刻みついてとれない眉間の皺が載る顔の上。そして、これまた前観た時に気づいてなかったけど、パンク娘のちっちゃな胸と綺麗な乳輪。ガスランタンで作るオムレツ、勤務中ちびりちびりとやりつづけるラム酒、夜明けのカフェでシチューに浸してかぶりつくパン、ネスカフェゴールドブレンドで入れるカフェオレまでが、なんかそそる。
好きな映画。

チャオ・パンタン [DVD]

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