邪悪なものへの鈍感さが邪悪な心を刺戟する


mixiから)

ロバート・アルドリッチ監督「傷だらけの挽歌」
うーん、世の中にはまだまだ凄いもんがあるんだなあ。
この冷徹さってなんなんだろ?
冷え込むように冷酷なハッピィ・エンド。みんなあっけなく死んでいくし、誰も救われない。にもかかわらず、満願成就のめでたしめでたしであるような終わり。

目配りの行き届いた洗練された服飾(金持ち、探偵、貧乏なギャング一家有様からチンピラの格付けまでが服装で一目瞭然!)、申し分のない挿入歌、何を食べ、どんな暮らしをしてるのかはっきり判る調度、軋みをたてて不安定にしか走行しない未完成な機械たる自動車、その車の細部・・・
そんな隙のなさの中で、誰もがどんづまりに向かって突き進んでいく物語。
水曜の食卓に出されたポークチョップやポテトや、男たちが締めているネクタイについてだけ語りたいような欲求もあるのだが、そうはさせないのが、あのうだるような暑気と背中にひろがる汗じみの効果だったのかもしれない。
暑気と汗だくは、諸悪の根源。うだるような暑苦しさと身体にまとわりつく汗だくの不快感とが誘発する邪悪な心根! そして、邪悪な心根が入り交じる以上は、映像に反映した消費文化の贅沢な横溢さにばかり気をまわしている訳にはいかなくなる。
実際、「スウィーツ」が侮蔑語として流通しているような現状の背景にはその辺りが絡むのだろう。消費文化の典型とも言える甘味菓子。その消費対象たるある種の階層たちの邪悪なものへの鈍感さが、邪悪な心を刺激するのだ。「5万ドルのネックレスをつけている!」というだけの理由で、セレブリティな婦女子が拉致監禁され栄えある人生を奪われたのと同じように。

グリサム一家の”マー”が凄いキャラだよな。
宮崎駿天空の城ラピュタ」のドーラ婆さんの原型って、これかも?
汚い木綿のワンピースにだらしなくエプロンを締めて登場するひげの生えた”マー”!
腰の入ったパンチを容赦なく相手の腹に打ち込み、さらにマウントポジションをとって相手の顔が腫れ上がるまで殴打しまくる、ホームメイド・クッキーの名手でもある”マー”!
ドレスを着込み、警官隊に向けてマシンガンをうちまくる”マー”!
その”マー”に、ナイフを突きつけて意地を通すマザコンの息子・気狂いスリム!
スリムは、突然現れた女の子に出会うことで、ある種、「ラピュタ」のパズー以上に変わる。あるいは、完全にレベルの違う女の子と出会うことで、「電車男」のように変貌しようとガンバる。
けれども、なんでもできる勇猛果敢な”マー”の計画も、スリムのガンバりも、一度は成功しながらも、あっけなく潰れる。そして、女の子も救われない。
うーん、凄いなあ。

ま、帽子とネクタイとサスペンダーとが出て来るだけで、だいぶ嬉しいのが本音。
加えてフラッシュを付けた大判カメラ(ウエストレベルファインダーの蛇腹式カメラ。あんなものがあったんだ)まで出て来た。
「写真」ってのは、あの時代の、ああいった連中のものなのだろうとも思う。
「5万ドルのネックレス」への嫉妬を掻き立て、邪悪な心を組織する邪悪なメディア。猛暑やら酷寒やら汗じみやら凍えた指がよく似合う。

しばらく、アルドリッチにはまりそう。




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