岩村暢子「家族の勝手でしょ!」


岩村暢子「家族の勝手でしょ!」が面白い。
主婦に一週間の食事内容を使い捨てフィルムカメラで撮影させ、くわえて事後調査もしたもの。写真いっぱい。フラッシュ一発の使い捨てカメラだから、生々しい!
内容はすげえ。うすうすは知っていても実態としては把握してなかったことを赤裸裸に描写してて、迫力あるねえ。リアリズムは、すげえ。


「主婦=友人とオーガニックレストランのランチバイキング1260円、夫=社員食堂のトンカツ定食300円」「主婦=自由が丘のタイレストラン1500円、夫=串カツ弁当400円」とかって、説得力ありすぎ。昼間の住宅地のレストランとか、主婦層で満席だもん。主婦たちは、平均週1回はランチパーティがあるらしい。家計からやりくりするらしい。家族で行くときはもっと全然低予算らしい。

洗い物が増えると面倒だし、鍋のまま食べるのは独身時代からの私の習慣。

そんなにイヤかね、洗い物って。

「ストレス解消にテニスに行くから忙しい」と甘い串団子を昼食にする自称「健康志向」の主婦(38歳)

私の生活はママ友との付き合いやダンスジム通いなどで忙しい。今日は買い物に出かけて疲れたので、自分で作ったのは味噌汁だけ

奥さん、それを「忙しい」とは言わないと思うぞ。


お父さんの方が料理が上手ってのもすげえ話だ。職業意識低すぎるだろ、主婦。

....等々、例を上げ出すとキリがない程に強烈な内容の連続。
なるほど、女の人が結婚したがる訳だと納得。職業として誇りは持てないものの、安定してるし、上司もいなければノルマも勤務評定も一切ない。「私の時間」という有給余暇を詐取しようと思えば取り放題なんだろう。
しかし、ここまでいくと、はっきり「怠業」のレベルだろう? 「仕事」でこれをやったら、問答無用で「解雇」だよね。これだけの「怠業」が、「離婚」の理由にならないのが不思議。証拠が残らないから、離婚調停の問題になってないってこと? なんだろねえ、イヤな話だ。



これ、中流以上の家庭が取材の中心らしいけど、低所得層やらを加えたら、もっと凄い内容になるんだろな。



芥川龍之介「河童」にこんな一節がある。

 僕は或月の好い晩、詩人のトツクと肘を組んだまま、超人倶楽部から帰つて来ました。トツクはいつになく沈みこんで一ことも口を利かずにゐました。そのうちに僕等は火かげのさした、小さい窓の前を通りかかりました。その又窓の向うには夫婦らしい雌雄の河童が二匹、三匹の子供の河童と一しよに晩餐のテエブルに向つてゐるのです。するとトツクはため息をしながら、突然かう僕に話しかけました。
「僕は超人的恋愛家だと思つてゐるがね、ああ云ふ家庭の容子を見ると、やはり羨しさを感じるんだよ。」
「しかしそれはどう考へても、矛盾してゐるとは思はないかね?」
 けれどもトツクは月明りの下にぢつと腕を組んだまま、あの小さい窓の向うを、――平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守つてゐました。それから暫くしてかう答へました。
「あすこにある玉子焼は何と言つても、恋愛などよりも衛生的だからね。」

芥川龍之介「河童」五章より)

20世紀初頭には、家族制度をバカバカしいものとして退ける超人思想家にとっても、夕食の目玉焼きは羨むべきものだった。21世紀の今日、食卓から衛生的な目玉焼きが消滅しようとしている。今の河童は、家族を羨ましがる理由なんてまるで見いだせないことだろう。
なんでこんなんなっちゃってんのかねえ。


ともあれ、面白い本。




家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇

家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇

河童 他二篇 (岩波文庫)

河童 他二篇 (岩波文庫)



追記:
2010-09-01
気になり出したのは、「20世紀、主婦はそうそうきっちり毎食食事を作っていたのか?」ってこと。
岩村暢子の調査は、20世紀の終わり頃、「最近、主婦の作る食事に変化が生じたのでは?」って辺りで開始されている。「20世紀中盤の主婦はそうはしなかった」と措定されているモデルは、岩村暢子の記憶の中にしかない。
僕の実家の食事は、「家族の..」で書かれたようなものではなかった。昭和3年生れで女学校出身の実母は、インスタント食品や惣菜ものを食卓に並べることを忌み嫌っていたから(同時に、洗い物も鬼のように敵視していたが)。でも、よその家のことは知らない。
しかし、本当のところどうだったのだろう?
例えば、70年代、商家(と言って名古屋の呉服町の卸問屋だから中流以上の家庭であったことは間違いない)では、忙しいと、近所の吉野家で牛丼食ったりしてる話を聴いた。夕食に「マルシンハンバーグ」や「ボンカレー」が出て来た話も普通に聴いた(羨ましかったんだが)。落語に登場する職人たちの一般家庭は、漬け物か佃煮にメシしか食卓に出て来ない。ビートたけしが語る北野家の食卓では、連日、惣菜物のコロッケだけが並んでいたりしている。桂米朝は、昔の商人の家で、「食事に味噌汁が付く」などというのはよっぽどのご大家で、通常は三度三度、「漬け物と飯」だった、と枕で語っていた。初期のボンカレーのCMも、新婚家庭でインスタントカレーが食卓に上る様子が普通に出て来ている。(当時のCMのリアリズムとしての信憑性は、かぎりなく低そうだが。「ぼくは卵を入れてオロナミンセーキ」「オロナミンCでウィスキーやるか?」とか...そんな「お宅」はなかったと思うんだけどねえ)
「20世紀末、主婦の作る食事は激変した」のか、「その直前の好況時代(黄金の80年代!)が例外的に手づくり料理が毎食作られていた」のか、「姑世代が、勝手に歴史を捏造して、新世代にケチをつけている」のか?