「これは人間のすることではありませぬ」



でもおそらくは、ヨウスケくん自身が、僕と同じことを指摘しているのだと思っています。真偽ははっきりしないながらも、「タイヤネックレス」という現実もあるのだ、ということをとりあげているのは、君なのだし。「タイヤネックレス」の写真と、「マインドゲーム」とを並べてみると、僕が「マインドゲーム」に乗れない訳がはっきりするような気がします。
「人類は、ここまで来ているんだ。未来なんて安易に言えない」という気分。
http://d.hatena.ne.jp/begorian/20070111



この「タイヤネックレス」の写真を見た途端に思い出したのは、武田泰淳司馬遷ISBN:4061975889 の一節でした。

 呂后は世にもおそろしき女である。
(・・・・・)
 高祖が死んで孝恵帝が即位すると、世界は彼女の手にうつった。彼女は、自分の憎いと思う人間を、殺しつくす決心をかためていた。彼女が一番に憎んでいたのは、云うまでもなく戚夫人である。高祖の愛をうけた美しい女である。この女のおかげで、呂后はもう少しで勢力を失うところであった。彼女は、戚夫人をつかまえて、その両手両足を斬り落とした。その美しい眼をとり去った。耳をつんぼにさせ、薬で口もきけなくした。それを厠の中に置いて「人テイ(ひとぶた)」と名をつけた。かつては自分の夫の心を蕩然たらしめた女の美しい肉体が、豚のように汚れて横たわるのを眺め、呂后快哉を叫んだであろう。彼女は面白半分に、わが子の孝恵帝をよびよせ、人テイを見せてやった。いぶかしげにしている帝に、これが戚夫人だよ、と教えてやると、気の弱い帝は、声をあげて泣き、そのために病気となり、一年も床に入っていた。「これは人間のすることではありませぬ。」孝恵帝は弱々しげにつぶやくだけで、殺人者たる母を如何ともすることができず、酒色にふけるばかりであった。
「これは人間のすることではありませぬ」。しかし、事実、それをしたのである。

(「人テイ」の「テイ」は「いのこ、ぶた、こぶた」の意。読み「テイ」。部首3画「けいがしら」。総画数9画。「列伝セ」の「戚夫人」の項に漢字があります。)
http://www.h3.dion.ne.jp/~china/human33e.html



「これは人間のすることではありませぬ」。しかし、事実、呂后のような怪人物でなくてもそれをするようになっているのです。
「それはアフリカの出来事だ」とか「凶悪な異常者は例外だ」とか言えるような気分ではなくなっています。今しばらくは国境に守られて安穏はつづくかもしれません。でも「未来もこのままつづく」とも思えませんし、無縁でいられるとも思えません。どこかでこの最悪な延長が途絶え、可能的な明るい未来の選択肢の中から任意のひとつが選ばれるのだ、などとは妄想すらできません。僕の娘たちが生きることになる未来は、フィリピンのモスキートマウンテンやアフリカのシエラレオネやブラジルのスラムに近いものになる気がしています。2030年代。僕の娘たちの時代であると同時に、生きながらえたなら、僕の老人期でもあります。

「これは人間のすることではない! これが人類の行いのわけがない!」と叫び、孝恵帝のように泣き濡れて引きこもって酔っぱらって女の人たちに慰めてもらって暮らしていければ、楽なのでしょうが、無理なので、直面している訳です。そんな気分の中、安易な夢落ちやパラレルワールドや自嘲的なゲーム感覚の自己批判やらを見せつけられると、やはり気に障りました。「なにやってんの、おまえら?」と。

でも、凹まれると困ります。困りますが、これもまた仕方ないことかもしれません。「これしかできない」って感じでやっていることなので、甘受しながらやって行きます。申し訳ないとは思っています。






付記:
Necklacingについて:

Necklacing (sometimes metonymically called Necklace) refers to the practice of execution carried out by forcing a rubber tire, filled with gasoline, around a victim's chest and arms, and setting it on fire.

http://en.wikipedia.org/wiki/Necklacing

 上の記事によると、kevin Carter が1980年代に「Necklacing」の写真を撮っているそうだ。Kevin Carter は、94年にピューリッツァ賞を受賞し、その数ヶ月後に自殺している。餓死しかけているアフリカの子供を禿鷹が狙っている写真で有名。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kevin_Carter



Necklacingの屍体は、こんな感じ。


http://www.africancrisis.org/photos11.asp

They poured petrol on them, put a tyre around them, and with their sick macabre humour referred to this as a "necklace." People were stoned, stabbed and burned alive.