進学校落ちこぼれのイタい青春記



「七帝柔道記」の増田俊也(1965年生まれ)は、旭丘高校柔道部の出身で、「七帝柔道記」には、東海柔道部が悪役でチラっと登場する。

名門旭丘高校出身とは言え、増田俊也自身は、明らかに旭丘高校の落ちこぼれ。でも、それを頑ななまでに絶対に認めない。「認めない」っていうか、不自然なほどに無視する。

普通に読むと、増田俊也は、どう考えても、名古屋大学へ行きたくて2浪した人。
旭丘高校柔道部時代、名古屋大学柔道部顧問に「小坂光之介」(井上靖「北の海」登場人物:大天井のモデル)がいることを知って名古屋大学を目指す。しかし、それがなぜかいつの間にか、「名古屋大学柔道部が所属している「七帝柔道」(ヘンな言葉だ。旧帝大で始まった競技だとしたら、「ななてい」じゃなく「ひちてい」の筈だ。それが「ななてい」ってことは、明らかに戦後に出来たマイナー柔道リーグ)へと進路変更してしまう。まあ、普通に考えれば、「名古屋大学受かりそうにないから、偏差値ランク落として仕方なく北海道大学行っった」ってことだが、その「仕方なく志望ランクを下げた」経緯はなかったことになっている。北海道大学でも柔道(それもマイナーなルールのもやしっ子柔道)ばっかりやってたけど、チームは、「もやしっ子柔道リーグ」の万年最下位。ベベチャ。その上、増田俊也は、ベベチャ柔道部チーム内でも大将にはなれない。練習しないからトップになれない訳じゃない。練習ばっかしてる。練習するのだけが好きで好きでたまらなくて練習ばっかやってるのに、もやしっ子柔道リーグの最下位チームの二番手以下の実力。明らかに才能を欠いているのだろう。才能を欠いているのに練習好きだから練習ばっかやってるが、そこは才能のない男の才能のない由縁、「柔道上達の為に創意工夫する知恵」がまるきりなかったようだ。知恵のない練習好きが、「練習の量をこなせば強くなる筈。練習は量だ。時間がすべてだ」と、謎のスポ根でもって必死になって間違った練習にすべてを棄てて打ち込むという、ダメ人間スパイラルに陥っているダメ男。
加えて謎なのは、もやしっ子柔道リーグの最下位チームであり、試合に勝ったことはないのに、「俺たちは強い。俺たちは俺たちより弱い奴よりは強い筈。だから強い」と、「自分最強説」を信仰して止まない。
女にも無縁。謎のスポ根スパイラルにハマり、無駄な「練習の為の練習」にすべての時間を費やしているので、異性と付き合うこともない典型的な非モテ童貞。非モテ童貞だが、その事実も認めたくないので、「女子から人気はあったんだ。人気はあったんだが、俺様は柔道しか眼中になかった。モテなかったわけではない」とも信じ込んでいる。余りに哀れで泣けてくる。
さらにさらに、「俺様は旧帝エリート」とすら思い込んでいる。しかし、北海道大学は、志望校でも志望学科でもなかったので、学業に興味が持てず、講義には出ない。もちろん学業にもついて行ける筈もなく、当然中途退学してしまう。悲惨。
完全な「進学校の落ちこぼれ」。「進学校の落ちこぼれの末路」。
旭丘高校の落ちこぼれであり、柔道の落ちこぼれであり、二流国立大学の落ちこぼれでもある上に女にもモテない、落ちこぼれの四重苦を背負った落ちこぼれのヘレン・ケラーのようなダメ男。ここまでのダメ男になるとプライドを支えるものは何もない。しかし、「自分には何もない」と認めてしまうと人格崩壊を呼ぶこともうすうす感じているのだろう。「人生の落ちこぼれ」という事実を必死しで否認する。否認した痕跡も残さないほどに無視することで否認する。そして逆に、自分は学歴エリートでトップアスリートで女にもてもて優性人間だと信じ込み思い込んでいる。

「信ずるものは救われん」(救世軍

小説は、人生に落ちこぼれた自分を頑迷に否認したまま、「俺様は初志貫徹したような気がする! 俺様は強いと思う! 女たちはみんな俺様に憧れていたような気がする!」と、最後まで自己欺瞞にカモフラージュされた自己高評価を抱え込んだままに小説は終わる。
イタい。
イタくてイタくてイタくてイタくて、最上級にイタいダメ男の青春記。


そういえば、「名門旭丘高校」は、旧制「愛知一中」。
日本帝国時代、名古屋の教育ママたちには、「一中→八高」が憧れだった。これを八十年代に反復しようとするなら、「旭丘高校名古屋大学」だ。
言うまでもなく八十年代中頃の大学受験生にはない価値観。(普通に考えるなら、八十年代には「2群→東大」がエリートコースだったんだろうな。若しくは、医進系の方がステータス高かった。大学受験生たちには、『旧帝』なんて語彙なかった。偏差値でシビアに序列付いてるんだもん。「北大は名大より下」であって、『旧帝』なんていう集合で括る風習はなかった)
これは、きっと増田俊也の親の価値観だな。
「うちの子は、アサヒなんです。ほっほっほっほ。大学? 大学は、旧帝へ行きましたのよ。『旧帝』ですよ『旧帝』! ご存知ありません? 最近は、国立大学でも旧制帝大だった大学だけは、『旧帝』って言いましてよ! 国立大でも最近はいろいろありますものね〜。うちの子は、旧帝の柔道部で、高専柔道やってるみたいですよ。普通の柔道じゃないんですのよ! 『高専柔道』って言って、誰でもやれるような汗臭いだけの汚らしい野蛮な柔道じゃなくて、旧帝大の学生さんしかやってない伝統的な武術なんですってよ。そんなものやれるのも学生のうちだけですからね〜。ほっほっほっほっほ」と自慢したい教育ママの価値観を引きずって八十年代を生きてしまった「進学校のおちこぼれくん」の青春記なのかもしれない。




七帝柔道記

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