社会派「大島弓子」


mixiから)

はてなダイアリーにカウンターをつけてみた。意外によくまわる。でも訪問者数は、予想通り。 大体五十人の人が読んでくれてる様子。キーワード「大島弓子」で来てたりする人もいる。

☆「大島弓子」を期待して来た人に暑苦しい議論を読ませたかと思うとちょっと嬉しい。いや、本当は大島弓子の方がずっと複雑で構成のややこしい話を描いている作家なのだが。「社会派」美術作家のわかりやすい論理構成とは、構成要素の数がちがう。
 ほとんど無葛藤な個人のふわふわした妄想だけを描いているような振りをしながら、そこに実は複雑怪奇に他者やら社会やらからの介入が描き込まれているのが、大島弓子。 社会的葛藤をとりあげているつもりでいながら、その実問題を共有する者たちだけの相槌を繰り返しているだけなのが、「社会派」美術家たち。
 
☆九十年代、世界標準的には、ポスト・コロニアルだカルチャラル・スタディーだと「PC」関連に関心が、集まっている中、なぜか日本は、八十年代の甘美な夢想に耽りつづけていた。そんな日本の中でただひとり「社会派」だったのが、大島弓子だった。老人痴呆、性同一性障害摂食障害不登校、若年層の非正規雇用化、ひきこもり・・・・大島弓子の「テーマ」を書き出すとどれも「社会問題」のヘヴィーな部分にもろにかぶさっていた。しかし、敢えて大島弓子のことを「社会派」だとか「PC」だとかで語る者はいなかった。
 単に漫画関係のライターさんたちが無知でバカで鈍感で不勉強で世の中のことなんかなんにも理解できていなかったという部分も大いにある。何せ、日本は、その頃、ジャパニメーションでマンガでゲームでオタクな国だったのだから。文化不毛以前に教養消失の時代だった。しかし、そのおばかさんたちが正しかったという側面もある。なぜなら、大島弓子の漫画は、どう読んでも「問題」につきあたらないからだ。「問題」からはじまっていながら、その「問題」に対してはなんら関心を寄せていないかに読める。そして、「問題」以外の要素が突出してしまう。
 これが「作家」ということなのだろう。
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2006年06月26日
23:36 YA/DA
 初期のものとかまともに複雑な構成で読んでて訳がわかんない事がしばしばだから、かなり努力して複雑な構成要素を単純化する努力をしていたのでしょう。
 九十年代の大島弓子の作風は、「描き込むキャラをひとりに絞り、ストーリーは一人称の心象として進行させる。他者たちはそのメインキャラの心象への映り込みとしてのみ、メイン・キャラへの不用意な介入としてのみ描く。他者の中には『自分』も含まれるため、しばしば一人称は現実的な形象とは懸け離れた姿をしている。」という方法に落ち着いていたような気がします。僕は、その頃の作品が好きです。「秋日子かく語りき」とか「ダリアの帯」の辺りは、読みながら、「ひょっとして物凄いもんを読んでのじゃないか?」という気分にさせてくれました。