だからおまえは形式主義者なのだ

「まだなかなか片付きゃしないよ」
「どうして」
「片付いたのは上部だけじゃないか。だから御前は形式張った女だというんだ」
 細君の顔には不審と反抗の色が見えた。
「じゃどうすれば本当に片付くんです」
「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」
 健三の口調は吐き出すように苦々しかった。細君は黙って赤ん坊を抱き上げた。
「おお好い子だ好い子だ。御父さまの仰ゃる事は何だかちっとも分りゃしないわね」
 細君はこういいいい、幾度か赤い頬に接吻した。

夏目漱石「道草」


1)形式として終わったものは、終わった。
反-1)(だからおまえは形式主義者なのだ)


2)形式として終わったとて、一度おこったことは何時までもつづく。
反-2)(なんだかちっともわかりゃあしない)


形式に於いて文学を考えようとしていた漱石が、「道草」で、形式の剰余を主張している。