吉田健一という人

昔は家を建てたりする馬鹿はなかつた。だから、家を建てるのは馬鹿か、金がある人間か、その兩方の條件が揃ってゐるものに限られてゐたのである。戦後は間借りで、間借りだものだから、一緒に住んでゐる人間がパン宿を始めたのでやり切れなくなり、大變な苦労をして他所に貸し間を見附けると、そこに小兒麻痺の子供がゐたりする。
 家の掛り附けの御醫者さんに聞いた所が、小兒麻痺が伝染病であることだけは確かで、ただ、その病気になつた子供をどうやつたら直せるのかまだ誰にも解らず、そんなことにさせないのに越したことはなくて、家の子供なら先づ大丈夫だらうといふことだつた。

吉田健一「宰相御曹司貧窮す」より)

どこがダンディな神秘文士なんだ。




宰相御曹司貧窮す (1954年)

宰相御曹司貧窮す (1954年)