セミの悲鳴


セミの寿命は、七日間」って、人間目線。
セミの寿命って、約七年ってことだろ? で、死ぬ間際の七日間だけ地上で喧しく大声上げて泣き叫ぶ。セミの「ミーンミーン!!」って、人間語に直せば、「痛いよ〜っ! 苦しいよぉ〜っ! 助けてくれぇ〜っ!」っていう病院で老人たちが上げる悲鳴だよね。死にかけると大騒ぎするんだよ、セミも人間も。そんなもん、夏は涼しく冬は暖かな土ん中でぬくぬく暮らしてる方が愉しいに決まってるじゃないか。セミにとって地上は、病院や施設やらと同じもの。
空蝉は、若くてしあわせだった頃の姿だね、もう二度と戻る事のできない。老いさらばえてこんな姿になって木に停まってる惨めな自分に耐え切れずに悲鳴を上げて騒ぎまくってるのが、夏のセミ

「ミーンミーンミーンミーン!! 苦しいよぉっ! 痛いよぉっ!死にたくないよぉっ! もっと土ん中にいたかったよぉっ! ミーンミーンミーンミーン!.....」

進学校落ちこぼれのイタい青春記



「七帝柔道記」の増田俊也(1965年生まれ)は、旭丘高校柔道部の出身で、「七帝柔道記」には、東海柔道部が悪役でチラっと登場する。

名門旭丘高校出身とは言え、増田俊也自身は、明らかに旭丘高校の落ちこぼれ。でも、それを頑ななまでに絶対に認めない。「認めない」っていうか、不自然なほどに無視する。

普通に読むと、増田俊也は、どう考えても、名古屋大学へ行きたくて2浪した人。
旭丘高校柔道部時代、名古屋大学柔道部顧問に「小坂光之介」(井上靖「北の海」登場人物:大天井のモデル)がいることを知って名古屋大学を目指す。しかし、それがなぜかいつの間にか、「名古屋大学柔道部が所属している「七帝柔道」(ヘンな言葉だ。旧帝大で始まった競技だとしたら、「ななてい」じゃなく「ひちてい」の筈だ。それが「ななてい」ってことは、明らかに戦後に出来たマイナー柔道リーグ)へと進路変更してしまう。まあ、普通に考えれば、「名古屋大学受かりそうにないから、偏差値ランク落として仕方なく北海道大学行っった」ってことだが、その「仕方なく志望ランクを下げた」経緯はなかったことになっている。北海道大学でも柔道(それもマイナーなルールのもやしっ子柔道)ばっかりやってたけど、チームは、「もやしっ子柔道リーグ」の万年最下位。ベベチャ。その上、増田俊也は、ベベチャ柔道部チーム内でも大将にはなれない。練習しないからトップになれない訳じゃない。練習ばっかしてる。練習するのだけが好きで好きでたまらなくて練習ばっかやってるのに、もやしっ子柔道リーグの最下位チームの二番手以下の実力。明らかに才能を欠いているのだろう。才能を欠いているのに練習好きだから練習ばっかやってるが、そこは才能のない男の才能のない由縁、「柔道上達の為に創意工夫する知恵」がまるきりなかったようだ。知恵のない練習好きが、「練習の量をこなせば強くなる筈。練習は量だ。時間がすべてだ」と、謎のスポ根でもって必死になって間違った練習にすべてを棄てて打ち込むという、ダメ人間スパイラルに陥っているダメ男。
加えて謎なのは、もやしっ子柔道リーグの最下位チームであり、試合に勝ったことはないのに、「俺たちは強い。俺たちは俺たちより弱い奴よりは強い筈。だから強い」と、「自分最強説」を信仰して止まない。
女にも無縁。謎のスポ根スパイラルにハマり、無駄な「練習の為の練習」にすべての時間を費やしているので、異性と付き合うこともない典型的な非モテ童貞。非モテ童貞だが、その事実も認めたくないので、「女子から人気はあったんだ。人気はあったんだが、俺様は柔道しか眼中になかった。モテなかったわけではない」とも信じ込んでいる。余りに哀れで泣けてくる。
さらにさらに、「俺様は旧帝エリート」とすら思い込んでいる。しかし、北海道大学は、志望校でも志望学科でもなかったので、学業に興味が持てず、講義には出ない。もちろん学業にもついて行ける筈もなく、当然中途退学してしまう。悲惨。
完全な「進学校の落ちこぼれ」。「進学校の落ちこぼれの末路」。
旭丘高校の落ちこぼれであり、柔道の落ちこぼれであり、二流国立大学の落ちこぼれでもある上に女にもモテない、落ちこぼれの四重苦を背負った落ちこぼれのヘレン・ケラーのようなダメ男。ここまでのダメ男になるとプライドを支えるものは何もない。しかし、「自分には何もない」と認めてしまうと人格崩壊を呼ぶこともうすうす感じているのだろう。「人生の落ちこぼれ」という事実を必死しで否認する。否認した痕跡も残さないほどに無視することで否認する。そして逆に、自分は学歴エリートでトップアスリートで女にもてもて優性人間だと信じ込み思い込んでいる。

「信ずるものは救われん」(救世軍

小説は、人生に落ちこぼれた自分を頑迷に否認したまま、「俺様は初志貫徹したような気がする! 俺様は強いと思う! 女たちはみんな俺様に憧れていたような気がする!」と、最後まで自己欺瞞にカモフラージュされた自己高評価を抱え込んだままに小説は終わる。
イタい。
イタくてイタくてイタくてイタくて、最上級にイタいダメ男の青春記。


そういえば、「名門旭丘高校」は、旧制「愛知一中」。
日本帝国時代、名古屋の教育ママたちには、「一中→八高」が憧れだった。これを八十年代に反復しようとするなら、「旭丘高校名古屋大学」だ。
言うまでもなく八十年代中頃の大学受験生にはない価値観。(普通に考えるなら、八十年代には「2群→東大」がエリートコースだったんだろうな。若しくは、医進系の方がステータス高かった。大学受験生たちには、『旧帝』なんて語彙なかった。偏差値でシビアに序列付いてるんだもん。「北大は名大より下」であって、『旧帝』なんていう集合で括る風習はなかった)
これは、きっと増田俊也の親の価値観だな。
「うちの子は、アサヒなんです。ほっほっほっほ。大学? 大学は、旧帝へ行きましたのよ。『旧帝』ですよ『旧帝』! ご存知ありません? 最近は、国立大学でも旧制帝大だった大学だけは、『旧帝』って言いましてよ! 国立大でも最近はいろいろありますものね〜。うちの子は、旧帝の柔道部で、高専柔道やってるみたいですよ。普通の柔道じゃないんですのよ! 『高専柔道』って言って、誰でもやれるような汗臭いだけの汚らしい野蛮な柔道じゃなくて、旧帝大の学生さんしかやってない伝統的な武術なんですってよ。そんなものやれるのも学生のうちだけですからね〜。ほっほっほっほっほ」と自慢したい教育ママの価値観を引きずって八十年代を生きてしまった「進学校のおちこぼれくん」の青春記なのかもしれない。




七帝柔道記

七帝柔道記

「カレーライス」の起源


ハヤシライスを考案したのは、丸善創業者の早矢仕有的氏だが、カレーライスを伝えたのは、紀伊國屋の家令だそうだ。「家令が伝えた」から「家令ライス」と呼ばれ、のちに「カレーライス」と表記されるようになった。
紀伊國屋は、初代紀伊國屋文左衛門以来、みかんの販売で知られ、幕末以後は海外からのフルーツ輸入(主に台湾バナナ)で事業展開していたが、戦中戦後を経て、紀伊國屋本家は書籍販売へと大きく事業転換。フルーツ部門は分社化、のちに「タカノフルーツ」へと合流して、紀伊國屋書店本店近所に店舗を構えた。
さて、「家令ライス」の方はといえば、紀伊國屋家令により、紀伊國屋書店本店の道路を挟んだ斜向かいで販売、店名は紀伊國屋家令の名前を取って「中村屋」を名乗るようになり、現在に至る。
そんな訳で、新宿紀伊國屋書店の界隈には、カレー屋と果物屋が近接している。
+
これが、カレーライスの起源と紀伊國屋書店の因縁であるなどという事実は一切ない。

決まっているのだから仕方がない

「死んだら地獄へいくよ」
「なんで?」
「なんでって、決まっているのだから仕方がない」

杉浦日向子百日紅」)

やはり死んだら、地獄へ行きたいと思う。浄土宗の坊さんやなんかが語る極楽にも、キリスト教関連の書物に書かれた天国にも魅力を感じない。やっぱり行くなら、地獄だろう。桂米朝「地獄八景亡者戯」の地獄ほどに愉しくなくても良いから、信仰を持たなかった亡者たちのところへ行きたい。

まず会いたいのは、母方の祖父さん。「エジプトでイギリス人を騙して竹を食わせた」だ、「安かったから」とドイツでスーパー6買って帰ってきただ、戦中、シェイクスピア全集売り飛ばして全部タバコに替えちゃっただ、マルタ島へ日本人ではじめて上陸しただ、ステッドラーの鉛筆がお気に入りだっただ、いろいろ話は聞かされてきたけど、戦後すぐに死んでるのであったことはない。引っ越すたびに、本籍地を移動させてた、ってあたりで、「噂にはきいてたけど、なんちゅうトッポい奴だ・・・」と呆れた。生涯で、名古屋市内だけで、5回本籍地を移動させてる!!! ・・・・なにしてくれてんだよ・・・。
このじいさんが、極楽にいるわけがない。なんせ、「仏様は、ほっとけ様だ」が家訓になってた家だもん。

つぎに会いたいのは、従兄。従兄と言って、20歳くらい年上。旭ヶ丘→東大!っていう秀才の王道を歩んでいたのに、なぜかその後、大学院に籍を置いたまま、55歳で死ぬまで学生やってた。もちろん、方々の大学で語学の非常勤講師やったり、予備校で英語教えたりしてたみたいだけど、全部アルバイト。東大教養部在学中にサンスクリット語に熱中してただ、出たばかりのMS-DOSの電話帳のようなマニュアルを他人から借りて行って1週間後にレポート用紙に何枚にも渡って鉛筆でぎっしり書き込まれたプログラムを持って現れ、「マイコン」機体に触ることなくオリジナルゲームを作り上げただ、十何ヶ国語をマスターしてただ、「1日睡眠3時間、風呂には入らない、洗濯もしない」だ、やまほど伝説のある人。普通に「変人」。でもとても「良い人」だった。
生前は、なんかめんどくさくて会わなかったけど、あっとけばよかったなあ、と後悔しきり。
従兄も地獄にいると思う。

あとは、現世の暮らしとかわんないだろう。地獄の歌舞伎町のような場所で、有象無象の群れに混じって、テキトーに過ごしたい。歌舞伎町で働いてた時がいちばん性に合ってた。きっと地獄でもあんな場所に落ち着くことになるんだろう。

そう、死んだら、絵を描こう。地獄には、本も映画もカメラもないことを願う。バカなデブに徹して下手な絵ばかり描いてへらへらしていよう。

「決まっているのだから仕方がない」。





イエスは発信した

エスSNSで写真家たちにむけて発信した。
「写真の良し悪しについてねちねちうだうだとアドヴァイスをしてくる写真研究には注意しなさい。奴らは、フォロワーや友達が多いことを誇る。また教職や選考委員につくことを好む。奴らは、写真家志望の若者の弱みにつけ入り、法外な課金をしまくり、その言い訳をうだうだと語る。あの輩はやがて社会的制裁を受けることになる。」

ルカ福音書 20章45節~47節

ΑΚΟΥΟΝΤΟΣ ΔΕ ΠΑΝΤΟΣ ΤΟΥ ΛΑΟΥ ΕΙΠΕΝ ΤΟΙΣ ΜΑΘΗΤΑΙΣ ΑΥΤΟΥ ΠΡΟΣΕΧΕΤΕ ΑΠΟ ΤΩΝ ΓΡΑΜΜΑΤΕΩΝ ΤΩΝ ΘΕΛΟΝΤΩΝ ΠΕΡΙΠΑΤΕΙΝ ΕΝ ΣΤΟΛΑΙΣ ΚΑΙ ΦΙΛΟΥΝΤΩΝ ΑΣΠΑΣΜΟΥΣ ΕΝ ΤΑΙΣ ΑΓΟΡΑΙΣ ΚΑΙ ΠΡΩΤΟΚΑΘΕΔΡΙΑΣ ΕΝ ΤΑΙΣ ΣΥΝΑΓΩΓΑΙΣ ΚΑΙ ΠΡΩΤΟΚΛΙΣΙΑΣ ΕΝ ΤΟΙΣ ΔΕΙΠΝΟΙΣ ΟΙ ΚΑΤΕΣΘΙΟΥΣΙΝ ΤΑΣ ΟΙΚΙΑΣ ΤΩΝ ΧΗΡΩΝ ΚΑΙ ΠΡΟΦΑΣΕΙ ΜΑΚΡΑ ΠΡΟΣΕΥΧΟΝΤΑΙ ΟΥΤΟΙ ΛΗΜΨΟΝΤΑΙ ΠΕΡΙΣΣΟΤΕΡΟΝ ΚΡΙΜΑ

http://www.greekbible.com/



新約聖書 訳と註 第二巻上 ルカ福音書

新約聖書 訳と註 第二巻上 ルカ福音書

本当の「裸の王様」、そしてレッドカーペットの起源


絵本等で描かれる「裸の王様」は、老醜の慚ない体型をしている。果たして、本当にそうだったのだろうか? 「王」というからには、寧ろ、人々から好かれる、鍛え上げられた美しい筋肉美を誇っていた可能性が高い。

昔々、ある国に、自分の身体が好きで好きで堪らない王がいた。
食事には気をつけ、グルーミングは欠かさず、それだけでは飽き足らず、仕事でもないのに重いものを持ち上げ王宮庭園内を駆け回って筋肉を膨らませる事に熱中していた。日々鏡の前でポーズを取り、水面に映る自分に酔いしれる美身自慢の王。そうこうするうち、自分で酔いしれているだけでは、我慢できなくなってしまった。
「みんなに見せつけたい!」。

「朕は誠に美しい。この美しい王国は、朕の美しさの反映。朕の美しさを王国の臣民たちにもよく知らしむる事が肝要だ。仕立屋を呼べ! 臣民たちがこの上なく美しい朕をよくよく知り得るよう、格別の式服を仕立てよ。良いか、 『美しい服』ではなく『美しい朕』が主役ぞ。こころしてかかれ!」「御意!」

そして、できあがった服は、ほぼ布切れ。着用した王は、ほぼ裸だった。王はご満悦。でも実は裸同然。裸同然だったが、機嫌を損ねると、忠臣だろうが、容赦なく醜聞を流し極刑を求め惨殺してしまう暴虐な王、「王様、王様! それじゃまるでハダカっすよ!」などと進言するわけにはいかない。文字どおりに首が飛ぶ。皆、口々に王の服をほめそやした。「美しい服でございます! この世に二つとない傑作です。そして陛下にとてもよくお似合いでございます」

得意満面の王は、新調の式服でパレードをした。全裸の行進だ。
「皆の者が美しい朕を見ている。嗚呼、朕は美しい! 王国は美しい! 美しい朕の王国!」と恍惚の王。
大人たちは、王の残虐さを怖れ、口々にお追従を述べた。
「美しいね・・・」「本当に美しいよ・・・」「ああ、美しい服だよ・・・」 「あんな美しい服が作れるのは、この国だけだよ、本当にこの国に生まれて良かったよ、うんうん・・」等。
しかし、子どもはそうはいかない。権威だろうが容赦しない。得意満面でパレードする王にむけて言い放った。
「キャハハ 王様が裸だ! 王様が裸で歩いてるよ! キャハハハハ(笑)」

それがキッカケだった。
萎縮していた人々も匿名に隠れてしまえばこっちのもの、口々に、「実は俺もそう思ってたんだよ! ありゃ、ハダカだよ! ハハハ(笑)」「フフフフフ そんなこと言っちゃ畏れ多いわよ! フフフフフフ(笑)」「裸だ!」「裸だ!」「王様は裸だ!」「仕立屋に騙されたんだよ ワハハハハ(笑)」「『裸』って言い出したのは誰だ? 子どもか? 子どもは正直だな!ワッハッハ(爆笑)」「正直だ!」「だって裸なんだもん! ギャハハハハハハハハ(大爆笑)」・・・・・・

「王様は裸だった」という話として広まってしまった。

さて、それで終わった訳はない。なんせ衆目の中、絶対王のプライドが奪われたのだ。
王は、プルプルと震えつつも「子というものは誠に正直だ。子は国の宝ぞ。褒めてつかわす!」と寛容さをアピール。仕立屋を「よくも朕に恥を掻かせたな! 家名を奪った上で暗殺せよ」と悪役にした。「すべては、仕立屋が仕組んだ謀略。そういえば、仕立屋が出会い茶屋に通うのを見た者がいるらしい。あんな奴は悪者だ。他国に通じる間諜だ。なんでも難民の出らしい。王とその忠なる臣民を愚弄した売国奴だ。最初から怪しかった。なんせ難民なんだから」と噂を流すと同時に暗殺者を放ち、殺してしまった。
「王様は裸だ」と嘲笑った子どもの事を、一旦は褒賞した王だが、自分大好きで高慢で残虐で自己中な王、赦した訳がない。その年の暮れ、「長年に渡る悪質な脱税」容疑で、子どもの一族は全員身柄を拘束された。
「正直者一家、隠し資産発覚! 数十年に渡る脱税行為で蓄財。愛国心はないのか?! 『難民だった』とご近所の噂」と醜聞を流し、数日の密室審議の後、すみやかに全員断首し、生首を広場に晒した。
王は、「王様は裸だ」と言い放った子どもとその一族の血で絨毯を赤く染めさせ、式典の飾り付けとして、長年愛用した。血染めの絨毯は、「王を愚弄するものはこうなる」という強烈なメッセージとなり、人々の脳裏に焼きついた。
そして、怯え萎縮したその国の人々は、もう二度と権威あるお方のことを嘲笑ったりしなくなった、という。

これが「裸の王様」の真実。
そして、「裸の王様」が愛用した血染めの絨毯が、「レッドカーペット」の起源である。

だから今でも、「レッドカーペット」上を裸同然で歩く女優のことを「ギャハハハハ、裸だ! 裸で気取って歩いてやがる、ギャハハハハ」などと嘲笑する者は、誰もいないのである。




春を告げる男


気づけば、いろいろ臭い。
ジャンパーが臭い、ズボンが臭い、ヘルメットが臭い、息が臭い。
もう春なのかな?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新聞屋で働いてた時、臭い男がいた。
その男、「オタニ」が来て次の週のことだったか? 朝刊配達の為に折り込み入れてたら、異様な臭い。新聞屋は学生も店員もロクに風呂に入ってないから、まずみんな自分の臭いを確認しはじめた。くんくんくんくん・・・。そして、「どうもちがうぞ」と。
なんの臭いに近いと言ったらいいのか。或る者は靴箱だと言い、或る者は「なんか死んでるじゃない?」と言い、或る者は下水だろうと言い、或る者は「またオウムか?」と言い(註:新聞屋の隣がオウム真理教が経営するラーメン屋『旨かろう安かろう亭』で、信者が住み込みで働いてて、しばしば祈りの声が響いたり、異臭がしたりしてた)、なんの臭いかわからなかったけど、要は獣臭。獣の体臭に獣の糞便が混じった臭い。
(新聞屋の客で、大型犬数匹と一緒に暮らしてる爺さんが居て、家中、犬の糞だらけだった。この爺さんの家が同じ臭いだった。この爺さん、犬糞の付いた紙幣で新聞代を寄越した。集金カバンに入れるわけにいかないから、指先でそのまま摘んでぶら下げて行って、速攻タバコ買って両替した思い出。リアルばば抜き。)
結局「オタニ」からの臭いだとわかったのはだいぶ経ってからだったなあ。店の上に住み込んでいた学生たちが、「オタニさんの部屋が臭いんすよ〜」って騒ぎ出して、ようやくわかった。
この「オタニ」、寒い間は臭わなかったけど、冬が終わる頃になると猛烈に臭い出した。「オタニが臭い出したなあ。春ももうすぐだねえ〜」と、みんなオタニの臭いで春の訪れを知ったもんだ。
オタニは、その後、沼袋店で賄いやってた子連れの女に金騙し盗られて(正確には、女はオタニから無利子無証文で数十万借りただけだけど。まあ、返す気はなかっただろう。『手も握らせないらしいぞ。騙されてんだよ』って沼袋の店員から聴いたもん)、新聞屋からの前借り踏み倒して夜逃げした。オタニが出てった後の部屋には、痔の薬と糞のこびりついた下着が散乱してたそうだ。肛門が悪かったかなんかだったのだろう。
「春告鳥」っていうけど、「春を告げる男」だった。